2008年11月06日

空のコンテスト2〜エステド・マールさんより。

あおぞら施療室とのコラボにより、11月から参加している♀エステティシャンのマールです。

乾燥する季節、お肌も気になりますね。

本物の香りとリラックスできるオールハンドによるフェイシャルマッサージでお肌に潤いを与えてみませんか?

皆様からのご予約をこころより、お待ちしております。  

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2008年11月05日

デイ・ドリーム・ビリーバー

冬が近づき、大分寒くなってきました。

底冷えのする群馬の冬は名物の北風が吹き荒れ、北海道出身の人にさえ「寒い!」といわせます。

町へ出れば、そこにあったはずの店が知らぬ間になくなっている…

深刻な経済環境のなかで自立してやっていくことの大変さを実感しています。

私は、便利で誰からも統一された応対やサービスが受けられる大型店よりも、さまざまな個性によって創りだされる街並みや商店街が好きです。

一度住んでみたいのは、観光名所にもなっている埼玉の川越市で、いつも人で賑わうその街は、情緒あふれる古くからの店が建ち並び、地域の人たちが努力と苦労を積み重ねてきた歴史を深く感じることができます。

近代化が進む他の都市とは明らかに違う、その街のたたずまいは、時代が変わっても、自分は自分であり続けたい。と思う私のこころとリンクします。

どんな状況下に置かれていたとしても、流されずに、時にはうまく泳ぎながらも「自分」でいられることができれば、それが後に自身が望む本物の出会いにつながってくる気がします。

逆境のなかで知った自身の本質とは…  

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2008年11月05日

空のコンテスト2〜ハムレットさんより。

水しぶきが肌寒く感じる秋の午後に、一人でぼーっと噴水を眺めながら考え事をしていた。

頭の中は「オフィーリア」が占めていたこの一週間…仕事で赴いた都内で、開催最終日の「ミレイ展」に飛び込んだ。

遥か昔の十代の時分から、この絵には畏怖の念を抱いていて、いつか実物を鑑賞したいと切望して居るのになかなかチャンスにめぐまれず…気が付けば画集で初めて出会ってから四半世紀が過ぎ去っていた。

「静かな絶望」「密やかな狂気の果て」「甘美な死への誘い」…様々な表現評価はあるだろうが、私にはオフィーリアの表情が、氷と炎が幾重にも重なり合って内包された生と死を、客観的に眺めながら狭間を漂う「物質」としてのそれにしか見えなかった。


展示室で立ち尽くし、時間がどれくらい経過したのかもわからずにただ眺めていた。脚が動かなかった。そしてもう二度と、この絵をあれほどまでに見たいと願う事は無いだろうと思った。

オフィーリアを思い続けていた25年間、私の心はずっと、川面に浮かぶ虚ろな眼をした悲しい運命の女性に捕らえられたままだった。

それが歳月を経、展示室で対話したオフィーリアは、私には「満ち足りた表情」に見えて、彼女の悲壮感漂うイメージは払拭された。

「もう良い」のだと、「受け入れた」のだと、ある種の満ち足りた、悦楽に近い表情にさえ思えた。

空高く吹き上げる噴水を眺めながら、もう四半世紀経過した後に再び、オフィーリアを鑑賞したら、かなりの老齢になった私に、今度はどんな感情を抱かせてくれるのだろうか…また自分自身は、何を考えながら、彼女との再会を果たすのだろうか…と、そんな事をぼんやりと考えていた。  

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2008年11月04日

空のコンテスト2〜どんぐりさんより。

若くして母になった友達と、子供を遊ばせながら公園を散歩しました。

子供同士には大人と違う不思議なパワーが働いていて、年齢も性別も国籍さえも関係なく、気が付けば仲良し…諍いも一瞬…知らない子同士があっという間に「仲間」になってゆきます。

順番待ちルールや譲り合い、コミュニケーションを取るのも大人のそれよりずっとスムーズ。

いろんな個性のチビちゃん達が、個性のままに自由な時間を過ごしていました。

樫の木の下でドングリ拾い、滑り台で逆さ滑り、アスレチックスで綱渡り…でもやっぱり人気はブランコで、なかなか空かないし順番が来ません。

仲間同士で遊んでいたある子が、新参者の一番小さな女の子がブランコに乗りたそうにしているのを暫く見ていたら、突然乗っていたブランコを止めて、譲ってあげました。

最初戸惑っていた女の子も、乗り始めたら楽しくて時間を忘れてこいでいます。でもまた順番待ちの列が長くなって来たら、次の子供に譲る為に自ら列の最後尾に並びに行きました。

譲り合いや思い遣りは、こんなに小さな子供同士の中にもきちんと存在して、「嬉しかった事」は次に繋がってゆくのだと、チビちゃん達に確認させて貰えた公園での出来事でした。  

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2008年11月03日

空のコンテスト2〜マリアさんより。

母親の代わりなんか居ない…そう強く思いました。

知人のお嬢さんが突然入院し、激痛と高熱を伴う症状が長く続いた事から精密検査を受けると、骨の病気だというのです。

同じ職場で働くその「知人」の彼女は、私にとって、一女性…それも「元気で明るく前向きな同年代の男勝りな人」だったので、看護疲れと心労にやつれた表情を見て、正直今まで彼女に抱いた事の無かった母性を見てしまいました。


お見舞いに伺うと、笑顔でお嬢さんを見つめている…憔悴しきった横顔で。


母と子の間にはきっと、目には見えないテレパシーの様なものが存在して、子供の痛みや苦しみが母親にはまともに伝わってしまうのでしょう…お嬢さんの症状を、まるで自分の身体に起きた事の様(おそらくは、それ以上)に感じ、苦しさを必死に堪え忍ぶ「母」の彼女がそこに居ました。

きっと母親になった女性にとって、子供以上に大切な存在なんて無い…子供にとっても、母親が誰より一番安心出来る存在なのだろうと、2人を見ていて強く感じました。

帰りのバスの中、まだ生後数ヶ月の赤ちゃんを抱いた女性と、偶然乗り合わせました。

女性はずっと赤ちゃんの頬や頭や背に触れて、小さな声で話し掛け、微笑み掛けています。我が子を慈しむ姿が、私には神々しく映りました。

赤ちゃんの表情や、動きのひとつひとつに目を配り、心を砕き、幸福感を全身から溢れさせて微笑んでいる「母」が、そこに居ました。


誰もこの2人を引き離すなんてこと出来ない…しちゃいけないし、あってはならない…そう強く感じました。


おかれている状況は異なるけれど、強い絆で結ばれた2組みの母子の姿を見て、子供を産み落として後も、眼には見えない『臍の緒』で、母と子はずっと繋がり続けているのかも知れないなぁ‥と思いました。


宗教絵画の「聖母子像」をずっと眺めていたような、そんな1日でした。  

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2008年11月02日

空のコンテスト2〜ケンゾーさんより。

完全な球体というものは、自然界に存在しないのだそうだ。

コンパスを使わずに完全な円というのも、描く事は出来ないらしい。

誰かと両手を繋ぐ。向かい合って。2人で、3人で、大勢で手を繋ぐ。完璧ではないけれど、円に近くなるように。

5人で、10人で、より多くの人達と手を繋いでゆく。時間をかけて。何年も何十年もかけて、大切な人達と円を描いてゆく。

信頼と友情と愛情とを繋げて、家族や、友人や、伴侶と手を取り合って生きてゆく。

大きく確かな円を心に想い描きながら…。  

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2008年11月01日

空のコンテスト2〜misakiさんより。

「木枯らし一号」が吹いた今日、友人から小さなブーケを貰った。
「なんとなくイメージだったから…」と、誕生日でも記念日でもない日に受け取った花束は秋色のシックなもの。

花を贈るという行為は洋の東西を問わず、遥か昔から繰り返されてきた。今年誕生千年を迎えた「源氏物語」の中にも、一輪一枝の花を贈り詩を詠む、そんなシーンがある。

90年代のアメリカ映画「ベッド・オブ・ローゼス」は、企業戦士だった夫が妻の死をきっかけに「花屋の配達人」として人生を再出発するストーリーだった。


花を贈る側にも、受け取る側にも、たくさんの「想い」がある。

私の好きな蒼い花をアレンジした花束を、このなんでもない日に贈ってくれた友人は、私をとても良く知る大切な人。


多くを語らずも、心をそっと寄り添わせてくれる友のような、そんな秋色の花束は、このところ乾き気味だった私の心をとても潤してくれた。  

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2008年11月01日

大切な人との繋がり。

私の夢を実現させるには、なくてはならぬ存在のNさんが、年内いっぱいで会社を辞めてしまうことになった。

自分のなかで長年育んできたPlanには、どうしても必要なブランドがある。

そのブランドを通して知り合った彼は、こちらの要望にたいして、いつも気軽に、必要以上に応えてくれます。

はじめは、お客の立場に立った計算された行動なのだと解釈していたのですが、その後のつきあいで彼の人柄を知り、私の考えも次第に変わっていきました。

一応はビジネス上の関係なのに、構えることなく安心して話せる相手…

駆け引きなしの直球をいつもはぐらかすことなく受け止めて頂いた。

今思えば、魅力だったのは商品のブランド力だけではなく、その信用を高めてくれたNさんの人柄だったのかもしれません。

個として確立している人は特別な理由でもない限り、組織の中では浮いてしまうもの。

いつもの調子で軽く「群馬に来ませんか。」と言ってしまった私…

「海がないからね…」という返ってきた言葉のなかに、ながく東京で活躍してきた彼の故郷へのあつい想いが伝わってきます。

人間嫌いを公言していたはずなのに「築いたネットワークは大切にしたい…」と言ったNさん。

この一言から、彼の本心が少し見えたような気がします。

ネットワークは個と個がつながりあってできるもの。

Nさん、これからもよろしくお願いします。
  

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2008年10月31日

空のコンテスト2〜秋桜さんより。

空色の物干しは、結婚した当初に買い求めたもの…以来十数年、それこそ数百回も、お天気の中、家族の洗濯物をはためかせて来た。

量販店で買い求めたそれは、貧乏若夫婦に見合う値段で、「今は間に合わせでも、きっとその内良い物を買おうね」…と話し合って購入したものの、ついぞ一度も買い替えられる事のないまま月日が流れた。

プラスチックのチェーンは欠け、フレームはささくれ立ち、ビニールテープで補強を繰り返しながら日差しや強風に晒され、幾度も幾度も吊り下げられる家族の洗濯物の重さに黙って耐えて来た。

もうダメかも知れない…いい加減新しくしても良いんじゃないか…と心のどこかで思いながらも、まだ大丈夫、あと少し頑張って…と捨てられずに今日に至った。

それが先日から、ピンチが1つ欠け、2つ割れ、まるで刃こぼれの様にあっという間に三分の一の洗濯ばさみが壊れてしまい、ついに「干す」ことに支障をきたした。


それでも「洗濯ばさみだけ新たにくくりつければ…」などと悪戦苦闘していた私に夫が一言、「もう良いんじゃないか」。

私ははたと気がついた。捨てられずにいたんじゃない…捨てる事が出来なかった、捨てたくなかったんだ。

この物干しと一緒に引っ越しもした。寒い冬の朝も、気持ちの良い夏の朝も、沢山の洗濯物を干した。夫と喧嘩した夜も、長い梅雨の雨の午後も、私はこの空色の物干しと、一緒に居たのだ。

捨てられる訳ないじゃないか…。

とは言っても明日から切実に困るわけで、けれどいざ新しく買おうにも、長年連れ添った物干しの代わりを探すとなると、綺麗なアルミやステンレスの輝きに圧倒される自分が居るだけで、手には取っても買う事が出来ない。

結局手ぶらで帰る道すがら、「あぁ…これが歳月を積み重ねるということなんだ」「夫の代わりが探せないように、きっと今の私には物干しの替えは買えないなぁ」…もう少しだけ、頑張って貰おうと、もう一度だけ洗濯ばさみを直して使おうと、心に決めて家路に着いた。

帰宅すると夫が、洗濯ばさみをなんとかくくりつけようと、物干しをいじり回していた。

「やっぱり愛着あるんだろ」。

この人の代えも、絶対にきかないなぁ〜と、改めて思った。  

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2008年10月30日

空のコンテスト2〜友巳さんより。

私のこころを動かしたもの…

それは、行きつけの珈琲店の隅の席に案内されて見つけました。

仕事の関係者とでも、親しい友人とでも、待ち合わせなどでもなく一人で珈琲を飲みに喫茶店に入る時、人はおそらく、そんなに楽しい気分で珈琲を注文して時間を潰したりしないのでしょう…。

私はただ、案内された店内の片隅の席で、ぼんやりしながら珈琲をゆっくりと啜っていました。

どの位時間が経ったのか、すっかりカラになった珈琲カップをテーブルの隅に動かそうと手を掛けたら、カップの向こう側に小さな光…プリズムの光の様にはっきりと虹が浮かんだ小さな光がテーブルの上に落ちました。

キラキラと眩い光ではなく、ふんわりと柔らかなその小さな「虹」は手のひらにすっぽり入ってしまう。もちろん掴もうとすれば、その瞬間に手のひらの外にある。ただそこに「一時在る」だけの小さな光。

種明かしをすれば、その古い佇まいの珈琲店の、高窓の明かり取りの硝子の継ぎ目から、太陽光の角度で訪れた数十分の光の現象でした。


けれどその僅かな時間、テーブルの上の虹と戯れる事が出来た私の心には、小さいけれど確かな変化が生まれていたのです。

その季節のその時間、その場所のその席に身を置かなければ、決して出逢うことのなかった小さな光に、山積する問題だらけだった「今の自分の人生」にも、探せばきっと突破口が見つかるような、そんな前向きな気持ちになれた片隅のテーブルでの出来事でした。  

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2008年10月30日

新たな表現の手段!?…あおぞらからデビュー。

芸術の秋に新たなコラボが誕生しようとしている。

自分自身を表すその手段は、人によってそれぞれ異なります。

自分にはありえない才能には大きなあこがれがある…

その、あこがれの裏には嫉妬があり、時にその才能は消されてしまうことも。

一般的な組織のなかで求められることが、真っ当だという認識があったとしても、ここあおぞらではひとりひとりのさまざまな個性と向き合い、共存することで輝きたいという想いがあります。

どんなかたちの個性であったとしても、お互いのつよい想いがあれば協力関係は成立する。

今回触れる埋もれていた才能をどうプロデュースするか…今からワクワクしています。  

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2008年10月29日

空のコンテスト2〜由紀夫さんより。

本を読む。時に貪るように、時に感動にうち震えながら、本を読む。

熟考を重ねながら、頭を空っぽにしながら、心をニュートラルにしながら本を読み進める。

最後のページを読み終えて、本をパタン…と閉じたところで再び、書の中への旅が始まる。

行間に置き去りにした忘れ物を拾い集めながら、ストーリーの展開をもう一度咀嚼しつつ、心の中で旅は続き、暫くの後に到着点をみる。


それが私の読書の終わり。

一体何冊の本を今まで読んで来ただろう。どれくらいの物語の中に身を置いて来ただろう。

何億、何十億、恐らくは数え切れない程の書物が世界中に存在し、決して読み尽くす事など叶わない物語が紡ぎ出される中で、私は私にしか出来ない本の中への旅を繰り返す。


何かを感じながら、何かを模索しながら、心に刻むストーリーは人生の財産だ。自分自身にあげられる心の栄養だ。

これこそが私だけの「お金では買えないもの」…。

活字離れが進む昨今ですが、サーチャージもガソリン代もホテル代もかからない、格安の「本の旅」お薦め致します。  

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2008年10月28日

空のコンテスト2〜ysさんより。

夏は酷暑で冬は酷寒の新潟出身の私の友人は、大変我慢強く大らかな女性です。

彼女はきめ細やかな配慮が出来、気さくで、優しいのに、なかなか意志の強いタフな「働きマン」。東京でバリバリ仕事をしています。


先日仕事帰りに新潟に立ち寄る機会があり、夕焼けに染まる日本海を車窓から眺めていました。


陽が落ちる方向ばかりを眺めていましたが、ふと反対側の山並みに目をやると…そこには生まれたばかりの白い月。


ぼんやりと、淡く穏やかな白い月が、幾層もの薄墨色の雲をゆっくりと越えながら、少しずつ昇り始めたところでした。

雲間に隠されては再び現れ、一層ずつクリアしながら輝きを増し、輪郭をあらわにしてゆく月を眺めながら、強く彼女を想いました。


幾重にも折り重なる試練だって、きっと彼女なら乗り越えられる…小千谷市に御両親を残し、ひたむきに自身の生き方を模索している彼女も、同じ夜空を東京で見上げてくれていると良いなぁ…と思った夕暮れの写真です。  

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2008年10月27日

「少年時代」

ある方から井上陽水のCDを借りた。

聞いてびっくり…

あおぞらや若葉、月にこころなど、うちとリンクする…というか、今自分が想うことに関連するワードがズラリ。

月末になるとたくさん来る請求書を前に…

今月はどう乗りきるか
アタマが痛いなか、一服の清涼剤になりました。

おすすめは「五月の別れ」
「別れ」はなしにしても、春のうたはいい。  

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2008年10月27日

空のコンテスト2〜千秋さんより。

実りの季節はもうすぐそこまで訪れていて、短かった夏空を移しとったかの様に瑞々しい果実が収穫の時を待ち望んでいます。

大切な人に辛く当たったり、厳しい言葉を投げかけたりしても、根底に信頼が在るならば、それはいつの日か「収穫」の時期を迎える事が出来ると信じて毎日をひたむきに生きています。

真実は残酷な時もありますが、それでも人間は、生き物は、本来強いもの…次世代に繋げる「力」を、全ての動植物は持って居るのですから。

陽射しを存分に浴びて、たわわに実った果実が、人や、鳥や、動物達に食されて、大地の養分となり、その恵みで全ての命が育まれているということ…。

きれいに磨かれて店頭に並ぶ果物からは、少し考えるのが遠くなりますが、こうして枝に結実し、収穫の時期を待っている「命」としての存在は、自分と繋がる周囲の全てを、大切に育みたいと改めて感じさせてくれます。

人も自然も何もかもが「森羅万象」の一部。

自分を大切に。自分の周囲の繋がりも大切に育みたいと思う初秋の空でした。  

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2008年10月25日

その経験は、やがて大きな優しさとなって…。

感情はよろこびと悲しみが表と裏一対となって成立している。

彼女のごく自然な笑みからは、想像もできない苦しみを時折みせる表情から感じていた…

私自身もごく最近、気持ちが落ちている時でも「普通」を演じ続けなければならないつらさを知った…

うれしい時は素直に笑い、悲しい時はおもいっきり泣きたい。

感情を押し殺すことなく、自然体でいられたらどんなに楽なことか…

借りてきた言葉や取り繕った態度からでは元気はもらえない。

昨日、うちの広告をみてみえたSさんもそんな想いがあったのかもしれません。

キャッチは「癒しのワンダーランド 真の元気をあなたに。」

広告の誌面上で弾けて、シリアスな部分はネットでみせる…

これが表と裏を分けた、うちのstyleとなっています。

表裏一対の感情が、よい方向へ動いた時に真の元気は近づきます。

その「感動」を提供できるサロンとして、役割をもつことができたなら…

同じ想いのある多くの方が集まれば、可能性は拡がります。

「空のコンテスト2」〜魂(こころ)を朱に染めて〜

ご参加お待ちしております。  

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2008年10月22日

「空のコンテスト2」によせて。

昨日は息子のワーク教室がありました。

行きの車内では、仕事を抜けてくる私を気遣い、現状における多くの不満を口にしていた。

「坊主」かと思っていたら、知らぬ間に成長しているものです。(^ー^)

今日はテストがあるとのことで、暗い車内の中でもノートの余白を埋めていたのにはびっくり。

迎えに行った先には、スッキリした顔をして浮かれたように話す、彼本来の姿がありました。

たった、一ヶ月半くらいで、ここまで変われるものか…

夏の三者面談で、はじめて息子の現状を知った。

この時は仕事での計画も思うように進まず、そこに追い撃ちをかけるように身内の裏切りがトドメを刺そうとしていた…

「どうでもいいや。」という状況のなか、救ってくれたのがSさんでした。

特別な条件で息子の学習をみてくれることになったのです。

Sさんから、この時言われた「13年間放っておいたのだから…。」という言葉がずっと私のこころに残っている…

親としての義務を果たせなかったら、その責任をどう取ればよいものか。

今は、できることすべてを継続してやっていくしかない。関わった人たちにも助けられっぱなしで終わるわけにもいかないし。

時代の流れで人と人のつながりが希薄になってゆく…

コミュニケーションは直に向き合うことが大切だけど、闇の部分が大きいネットも補助的な使い方をすれば、そのつながりはより豊かになる気がする。

そんな想いから開催する「空のコンテスト2」〜魂(こころ)を朱に染めて〜

ぜひ、ご参加ください。自分の想いを伝え、シェアしよう。
  

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2008年10月21日

お知らせ

夏の余韻も冷めぬまま、訪れた秋も知らぬ間に深まってきた。

とにかく、月日が経つのが早い。やりたいことがたくさんあります。

自分の身体が二つあって、一日が48時間あれば…

「空のコンテスト2」 〜魂(こころ)を朱に染めて〜

ついに開催致します。

今回の内容は、「空」にこだわらず、あなたのこころを動かしたもの…その瞬間を広く募集します。

表現に関しては、文章や写真、絵などなんでも結構です。

詳しくは…今週末26日に配本のTJ(タウンジャーナル)11月号をご覧ください。

近いうち、HPでも告知する予定です。
  

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2008年10月20日

「cynthia」

あれからどれくらい経つのだろう。季節はちょうど今と同じ頃…

当時、仕事上の関係とはいえ懇意にしてもらっていたSさんのことを思い出します。

Sさんは、私と同世代の男性で、とある会社のデザイン、制作現場で働いていました。

彼のところへ行く前に同じ会社の生産現場にも寄っていくのですが、そこは茶髪やピアスなど大衆的な方が多く、日常の出来事や遊びのことなど他愛のないことで、いつも一緒に盛り上がっていました。

その後に寄っていくSさんの現場は、その職種柄か感性豊かな方が多く、独特な雰囲気のなかで、まだ青かった自分は逆に教わることが多かったものです。

気になっていたのは、毎日のように夜遅くまで働いていたことでした。

ある日、「微熱が続き身体がだるい…」と言っていたSさんは、その後長期の休暇に入ってしまいます。

同僚の女性から聞いて行った入院先はがんセンターでした…

そこで彼が「寝ててもつらい時がある…」と言っていた場面を今でも思い出すことがあります。

つい、この間まで笑って話していた人が今は病床に伏している…

あまりにも違う、局面の急すぎるこの展開について行けず、私のこころは上がることも下がることもなく、まさに無の状態にあったことを覚えています。

その後、彼とは仕事場で会うことはありませんでした…

タイトルの「シンシア」は原田知世の名曲で、白血病で逝った彼がいたオフィスで、よく流れていたものです。

今の季節にとてもよくあうnumberで、私にとっては忘れられない想いのつよい曲となったのです。
  

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2008年10月19日

若葉の頃。

秋も深まり、木立の葉もそろそろ色づきはじめる頃か…

快晴となった昨日、ここあおぞらに平成生まれの若葉が舞い降りた。

部活に燃えた高校時代。完全主義となる本人のなかでは中途半端に終え、社会へのデビューはその流れに身をまかせた…

一般的にみれば、名の知れた会社の正社員であっても、こころでは…

同世代では物足りない、最近ではずっと尊敬してきた両親さえもシビアな目でみるようになった。

反抗期もなく、過ごしてきた学生時代に没頭してきたスポーツはルールに従って競う日々の自己努力が順位づけされるもの。

社会にでれば…

その枠組みは、それぞれ年齢も違えば立場も違う、いわば異種格闘技戦。

ルールも曖昧で、すぐに結果がでることはなく、実体験による経験の積み重ねが相手の立場を考え、尊重できるようにもなってきます。

冷めた見方をすればきりがないと思う。いろいろな人がいて当然です。

こころにゆとりがあれば自分の主張ばかりではなく、時には相手をも光らせることもできる…

三人姉妹の末っ子で特にお父さんから多くの愛情を受けてきたNさんは変化のない毎日に疑問をもちはじめた。

悩める現在の心境を切々と語るその姿は、直のコミュニケーションから打開策を探ろうとする彼女の積極的で健気な姿勢が伝わってきます。


どんな人の意見であっても、それはあくまで参考でしかなく、最終的な決断は自分自身でするもの。

時が経っていろいろなものに触れてきたものは汚れてゆく…

理想とするよろこびの裏には失敗や挫折、不条理や裏切りなど困難もある。

そんななかでもしっかり前を向き、次世代に夢を与える人であってほしい。

汚れのない若葉の笑顔はとても素敵です。

自分ではきづいてはいないかもしれないけれど、その若さはまわりに確実に力を与えている。

今しかないこの瞬間(とき)を実感してほしい。

応援しています。
  

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